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第6章 家庭教師における”How"

家庭教師とカセットレコーダーの違い

確か”Who”のところでも書きましたが、家庭教師は「人」である必然性があります。

 

ただ、残念ながら「それはカセットレコーダーでもよくないか?」と思われても仕方ない例が、個別指導の世界では蔓延しているように思われます。

 

教師が一方的に生徒様にしゃべり、生徒様がそれに頷いているというだけの状態。

簡単に言えば「教師が主役」になっている状態をこれまで様々観てきました。

しかし、それでは実りは多くないどころか、ほとんどないといっても過言ではありません。

 

本来の「主役」である生徒様を立て、名脇役に徹するためには家庭教師には様々なアドリブが要求されます。

そうしてはじめて、家庭教師とカセットレコーダーの違いが明確となるわけです。

 

 

具体的に私共で実践していることは「生徒様にしゃべっていただく」「説明していただく」というプロセスをたとえ時間がかかってもいいから、授業内に一定割合確保するということです。

 

他には、宿題の有無やその内容、やり方などについても生徒様に提案していただき、それに対してアドバイスや評価をするというやり方です。

 

こうすることで、生徒様は「自分が勉強している」という実感を持つことができ、そしてそうすることで「印象深い授業」をすることが可能になります。

アクティブラーニングは重要だが難しい

最近はやりの「アクティブラーニング」についても触れなければなりません。

主体的な学び、と一口に言ってもそれを実践するのは容易ではありません。

 

というよりも、それを実践できる生徒様のほうが少ないのではないでしょうか。

 

なぜなら「アクティブラーニング」を行うためには、まず教師と生徒との知的な、学問的な会話が成立している必要があるからです。

 

そしてその前提として、基礎的知識はもちろん、論理的な思考やそれを筋道立てて説明するスキルも求められます。

 

 

私共としては、昨今のトレンドいかんにかかわらず「アクティブ」な姿勢は重要だと考えているのは上記の通りですが、最近は次のような試みもしています。

 

それは「家庭学習」と「学校での学習」の連結です。

別の言葉でいうと、日常と学業の連結とでもいいましょうか。

 

具体的には、日常生活の中でお勉強を特に苦と思わずに実践してもらえる状態を目指し、そのために「問題集」などの宿題に加えて、小説や新書、実用書などの読書を課しています。

 

本で読んだことについてはそのままにせず、日ごろの学習や日常の中でもあてはまることがないかどうか、ということを問いかけ「勉強」というものが持つ閉塞感を打破しようというものです。

個別対応の可能性

家庭教師は完全マンツーマンの個別指導です。

それは、生徒様の個性を最大限生かすためですが、加えて教師が生徒様目線でしっかりと対応しなければならないという「ハードル」も生み出します。

 

個別指導は上記のように決して「教師→生徒様」の一方通行ではありません。

教師と生徒様の双方向性を実現するためには、生徒様の個性をなるべく早期に具体的に理解することが重要です。

 

もちろん「性格」の問題からどうしても対応しきれないケースが出るのはやむを得ませんが、一度生徒様の可能性を信じると決めたからには、家庭教師としては全身全霊で生徒様の様々な側面に対応できるようにならなければなりません。

 

例えば、ある時は素晴らしくやる気になるけれども、何か悪いことがあるとひどく落ち込んでしまうという生徒様の場合には、やる気の場合にうまく指導することだけではなくて、調子が悪い時にうまくフォローし、生徒様がやる気になるまで待つ「忍耐力」も持たなければなりません。

 

これは口で言うのは簡単ですが、実践するのは容易ではありません。

しかし、個別対応の可能性というのはこういう地道な努力でしか生み出せないのです。

結果を出す生徒様の共通点

結果を出す人というのは、時代や場所を選ばず共通点を持っています。

それは「努力を苦としない」才能を持っていることです。

 

家庭教師や個別指導に当てはめて言えば「授業中はもちろん、授業外でも課題やそれを超える学習を精力的にこなしてくれる」という生徒様は例外なく大きく短期間で伸びます。

 

今まで伸びなかったのは、学習環境に何らかの不十分な点があったからでそれを取り除いてあげると、こちらがうれしくなるほど伸びてくれます。

 

また、これができる生徒様というのは家庭教師との関係だけでなく「親子関係」「家庭環境」という地盤もしっかりしています。

 

ですから、家庭教師として生徒様の可能性を測る場合には、本人だけではなく周囲の人々も観なければいけないのです。

 

 

一方で、授業中には頑張るけれども、授業外では(安心しているのか)勉強しないという方は、伸びはするけれども緩やかな伸びとなります。

 

やはり勉強は「質」も大事だけれども「量」も決しておろそかにしてはならないということです。

結びに代えて~家庭教師の意義と限界~

さて、1週間にわたる"5W1H"の連載はこれで一区切りとなります。

いかがだったでしょうか。

 

正直内容は生徒様やご家庭に対するPRというだけではなく、家庭教師としてうまくやっていくノウハウやらヴィジョンの話にも波及し、収拾がつかない箇所もあったかと思います。

 

正直に申し上げて「家庭教師」はあくまで、生徒様のサポーターなのです。

生徒様が頑張っていただければそれは生徒様の手柄であり、逆にそうではない場合には家庭教師自身の不手際を恥じなければなりません。

 

 

そして、この連載を参考にご家庭や生徒様には「真実を見極める目」を持っていただきたいと思います。

それは、本当に自分のためになる人を見つけ、出会うことができる才能であるのと同時に、自分の希望や願望だけではなく様々な当事者の目線から、共感の気持ちをもって平等に物事を見つめられる目でもあります。

 

私共は、最終的には試験の点数や受験の合格を超えて、こうした「優しい人間」を育てることを目的としていることを付け加えて、結びの言葉に代えたいと思います。